2011年7月26日火曜日

test送信

車中〓(´・_・`)
待ちぼうけ

2010年11月10日水曜日

ハードボイルドな犬達



黒塗りの改造ワゴン車に息巻いた黒犬どもが乗っとらす。
目の前で、朝から、遠吠えしとらす。

あまりにもの迫力に圧倒されて....
昔少年ジャンプで連載されていた銀牙(犬の漫画)を思い出した。
犬が熊に立ち向かったりしてくあの漫画。

にしても.....ハードボイルドな犬達。

2010年10月3日日曜日

良心的なジャズギターの先生



ジャズギターを一時間レッスンの月3回でなんと4000円という良心的なチラシを町で見かけ、、以前から興味があったので習い始める。最近はあまり時間ないけど、時間は作り出すものだし「よし!」と決め理論やら、コードやらを勉強中。にしても教えてくれる先生(ジャズバーのマスターでギタリスト)があまりにもいい人で驚いた。昼間は病院や老健施設で童謡をジャズアレンジギター片手にボランティアで巡っていて、夜はジャズバーのマスター。年齢60にして一月ボランティアで行く施設30近くしかも無償で、、、凄いなぁ♪こんな人いるんだ、と感動してしまった。レッスン内容を聞きに行った初日からある程度マスターしたら、一緒にボランティアに参加することを約束。練習に励む日々。

リンク:先生はこんな人

先生の店


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2009年11月20日金曜日

向田邦子から見る現代女性の理想像





先日、地元の美術館で脚本家であった向田邦子の展覧会に足を運んだ。

で、思った事。
向田邦子という女性は現代女性の憧れのモデルケースではないか?
強くて頑固、自分を知っていて人生を楽しむ術を知っている。

日経ウーマンやananなどの雑誌で組まれている「わたしたちの理想の生き方」的な
特集になぜかリンクする。ファッションや趣味、お稽古ごと、やりたい事は惜しげも無くやって楽しむ。

最近、こんな女性増えてるもんなぁ、かっこよしです。

でも、男に求めるものも妥協はしなさそうで、草食系男子の俺にはこのテの女性は苦手。とほほ〜
ポテトチップ食べながら、向田邦子の恋文を読んどります。

ううん、大人の気遣いが節々に感じられる。見習わなければ・・・

2009年11月19日木曜日

おかまバーで同級生と再会



仕事仲間の連中とおかまバーに行ったら、小学生時代の同級生と遭遇。
一人のおかまちゃんの顔に妙に見覚えがあるなぁと思って、ズバリ、

「ケンジじゃね?」
「ちょっとー、なんで本名知ってるのよ!!!

やっぱり、ビンゴ!

「お前、昔から変わってたけど・・・本物だったのね」

20年ぶりの再会で記念撮影。
人生色々すなぁ。と思います。




別に再会しなくてもよかったけど
ケンジ(左の男)に耳を舐められ満面の笑顔の俺。

・・・まんざらでもないな(暴

2009年11月18日水曜日

愛犬:ショコラ



夏から飼いだしたコイツに心癒される日々。
犬一匹で、こんなに穏やかな生活が送れるとは思わなかった。
とにかく、かわいくてしょうがない。

2009年8月4日火曜日

近道したら近道に潰される

ぶれない

ぶれない大人になりたい、正直に生きてたい
年をとることは、老けることではなく、「人生経験を積んでもっともっと自分と向き合って成長する」こと
物事は考え方一つだと、最近よく思う。

2009年7月25日土曜日

レッテルは貼られる前に、自分から貼れ

よく初対面だった人が慣れ親しんでくると、「あなたもっと○○な人だと思っていた。」「意外に○○なんだね」とか言われることがある。
ここに入る○○とは視覚的なイメージや、漠然とした相手が作り出した自分に対する想像的な固定概念に他ならない。僕の中では自分の中の自分。相手から見た自分。相手に伝えるために自分が作り出した自分が存在する。人は相手に対していいように見られたいし、評価してもらいたかったりする生き物で見栄を張る節があるから人に寄っては、3つも4つも自分を持っているのではないかと思う。芸能人がキャラを作り込んで自己演出するのもそこに商品としてのイメージや価値が生まれるからこそのこと。以前上司に「セルフプロデュースをせんといかん」と言われたことがある。つまり、自分をどうやって世間に売り出すか、視覚的なイメージや行動で相手を惹き付けないといけないということ。見えないレッテルほど怖い物は無い。

「レッテルは貼られる前に、自分から貼れ」

なんて、自己演出を楽しめればいいのだけれどなぁ。
できることならば、人を選んで底から人の心を持ち上げる個性的な自己演出をしたいものである。

リキテンスタインが見いだした独創性

アメリカのポップアートの代表画家リキテンスタイン。漫画のコマを拡大したような作品は1960年代初頭に登場し、アンディ・ウォーホルらと共にポップアートという新たなジャンルを築いた。従来の芸術としての絵画より、漫画の方が強烈なインパクトと表現力を持っているというコンセプトから作品では事物はすべて太い輪郭線で囲まれた平面として表わされ、色は原則として三原色のベタ塗り、陰影はドットの大小や密度で表現されている。通俗的、類型的な表現のなかに美を見出した彼の独創性は、価値は作られるものではなく創るもの、生活の中に潜んでいることに気付かされる。


Roy Lichtenstein

2009年7月20日月曜日

ペトロールズ

椎名林檎率いる東京事変のギターリスト(浮雲)のホームバンドである「ペトロールズ」
メロウでかっこよし。



東京事変アレンジの『丸の内サディスティック』、かっこよすぎる。


東京事変のメンバーほんとすごいミュージシャンばっか。
『三文ゴシップ』のサポートメンバーの豪華さ!これまたすごかった。

2009年7月7日火曜日

サンプリングで新たな楽曲

サンプリングという手法はパクリだと思うけど、元ネタは意外と知られておらず普通に浸透している。

モーニング娘のloveマシーン元ネタ


LOVEマシーン


フリッパーズの「恋とマシンガン」のイントロ。こんなリフ作れるなんて天才!
と思っていただけにサンプリングと知った時はげんなり。(0:33)からパックンちょ。

2009年6月29日月曜日

週末のレイトショー

週末の夜のレイトショー、空いた映画館に走る。
日曜の夜の映画館はガラガラで9:00以降はプライスダウン、
とても贅沢な時間ではないかと思っている。

一人で巨大スクリーンを前で思いっきり映画の主人公になりきれる。
いくら辛きことがあろうが、憂きことがあろうが
あの空間の中では全てを忘れて映画に入り込むことができる。
この映画を作った意味やカタルシスを感じながら帰路につく。
ぐっすり眠れる。そして明日もどうにかやっていける。


ウディアレンの「それでも恋するバルセロナ」を見に行った。

ウディアレンの映画は独特のユーモアあって大好きだ。しかも音楽のセンスがものすごくいい。
今回は本人は出てこなかったけれど、独特の人間模様でいつも楽しませてくれる。

今回も、ものすごくよかった。
物語は3人の女性が一人のダメな男に振り回されるという話。
女性同士やカップルで見に行ったら、ああだこうだと言い合える作品です。

2009年6月23日火曜日

思い当たる節がある

こんな経験、ドラクエ世代だったらあるんじゃないかな。
僕もここまではないけどあった気がします。
→ゲームのデータが消えて狂っちゃってる少年

怒りの矛先をどこにもぶつけられないんだよね。
消えた物は戻ってこないし、コレが人の命とかだったら恨みようがあるのだろうけど
ゲームのデータごときでママを恨むのもみっともないこと、分かってるんだよね。
ただ狂うしかない。

僕の場合、ビックリマンシールが入っていた箱を間違って親に捨てられた時は狂いそうになりました。

アックスフレグランス販促サイト



自分の「香り」って持ってますか?
答えはノー。

アックスのフレグランスはCMなりWEBなり、広告のコンセプトは全て「女性が好むモテる香り」
を全面に押し出している。・・・が、どんな層が購入しているのだろうか?
もちろん、女子にモテたい高校生・大学生諸君がターゲットではあるのだろうけど・・・

この販促サイトを見ていると、
→アックスフレグランススプレーのサイト

「臭いは嫌い、いい香りは好き。」と当たり前のことを言っているはずが、
「いい香りのする男性は好き、大好きです」と告白されているように聞こえてくるから怖い。これも全て販促戦略の意図なのだろうけど。

魔球「みょうが」


「みょうが」と意味も無く入れたところ、魔球「みょうが」の出来上がり。

2009年6月22日月曜日

「ルーが足りない」から始まる人間の喜怒哀楽

先日カレー屋でこんなことがあった。
僕はオーダーを済ませて、カウンター席でメニューを見ていると、
隣の中年男性が
「ルーが足りない」と女性従業員に一言。
どうやら白飯の分量に対し、ルーが足りなくなってしまったようだった。

すると女性従業員、
「ルー追加のトッピング券がございますよ」と笑顔で返答。
(「ルーを食べ過ぎてご飯があまちゃったのね(笑)」的な解釈だと思われる)

この呑気な返答が引き金となり、中年男性のスイッチが完全に入った。凄い剣幕で怒りだしたのである。
中年男性「ルーの量がご飯の比率と合ってないといっているんだ!!店長呼んでこい!(怒)」

突然、店内に響き渡る怒声。
女性従業員はというと・・・突然噴火したその声に、ハトが豆鉄砲。
僕は、その反応に一瞬吹き出しそうになった

そして、どこからともなく腰に手を当てて足早にやってきた店長。
暗雲な表情を浮かべ、これでもかと言わんばかりに謝るわ謝るわ。
必死にトラブルを抑えたいという感情が見え見えの、もはや誠意なのかどうかわからない対応で。
僕は、怒っている人の手前、謝りながらも自分でどんどん火に油を注いでいるような店長の対応にもまた、吹き出しそうになった。

その様子が申し訳ないが本当に面白かったのである。

怒っている人。驚いて慌てた人。不安そうにやってきて、とにかく申し訳ないと謝っている人。
それを見て笑いをこらえる僕。この狭い空間でこんな色んな感情の人間がが入り交じっていること。
ルーがなくなったカレー皿を目の前にして大の大人たちが、必死になってプライドをかけて立場を守っていること。
大人だから怒るのも必死・・・不条理と思いながらも立場を守るのもまた必死、笑いをこらえるのもこれまた必死。
まるで・・・喜劇じゃないか。

結局その場は、地べたに額を擦り付けんばかりの店長の対応に中年男性が折れ。男のルーのおかわりは通らなかった。
中年男性は帰り際吐き捨てるように「値段の価値はなかった」つぶやいて出ていったが、しっかり残った飯をたいらげていた。
「食べるんかい!!」である。

一連のやりとりを見ていた僕を含めたカレーを待っている人達。オーダーしたカレーのルーは明らかに増量されていた。
「ご飯一口に対するルーの分量の比率は人それぞれ、大人の対応が必要だな」と感慨深くなりながら水を手にした・・・

が、この水が本当にいけない味がしたのである。
「店頭にミネラルウォーター使用と書いてあるのに、なんだこの冷蔵庫の氷が溶けたような味は!」
沸々と怒りのようなものがこみ上げて来たが、ぐっと言葉を飲んだ。

つまり、何を感じたかというと
「結局、人間はみんな喜怒哀楽がコロコロと変わる生き物なのだ」ということ。

→カレールーの割合

Don't Know Why



前の職場でよくかかっていたなぁ。
この曲を聴くた度に色んな事を思い出して、考えさせられます。

忘れていた感情や当時の思い出も、昨日のことのように思い出せるんだから
音楽の力はやっぱり凄いなぁ。

2009年6月19日金曜日

梅佳代の写真




脱力系カメラマンとして地位を確立した梅佳代であるが、この人の写真改めて面白いと思った。
本屋で、パラパラとめくるは「男子」という写真集。「小学生の男の子=無敵」の着眼点。
この人しか撮れない写真なのだろうなと強く感じる。
写真って、その人の雰囲気だとか醸し出す目に見えないオーラ的な何かが直で反映される。
被写体と自身が織りなす空気感との化学反応的な一瞬、その中に真実が意外と隠れていたりして・・・

そんなことを考えながら
この目が何か見逃していないか考える、日常の中で自分のフィルターだけでしか物を見ていないか?着眼点を変えてみる。
・・・そういえば
以前、梅佳代の写真を職場のPCのデスクトップ画面にしていたら、「アイツは実家の犬が恋しいだろう」と言われたことがある。
別にそういう訳じゃないんだけど、それもまた自分にない2次的な着眼点で面白かった。
↓これ